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2004年09月27日

さまざまな遍歴2 『ペテルブルグ』とナボコフ

□人生を遍歴に見立てることができるのなら、一人の人間が一生かけておこなう読書も遍歴と捉えることができるだろう。しかもそれは、読者を国も時代も関係なしに、まだ見ぬ世界に送り出してくれる。8月はドン・キホーテに付き従ってスペインの田舎をとぼとぼ歩いていたが、9月はネフスキイ大通りを行ったり来たりしたり、ネヴァ河の流れを橋から覗き込んだり、イサーキイ寺院の尖塔を遠くから眺めたり、ゴーゴリの墓を参拝したりと、ペテルブルグとかレニングラードとか、時代によって様々な呼び方をされてきたあの街を逍遥した。

後藤明生が度々紹介する「我々はみなゴーゴリの外套から出てきた」というドストエフスキーの言葉、ナボコフの『ニコライ・ゴーゴリ』(平凡社ライブラリー)→amazonやおそらく向こう一世紀は邦訳は刊行されない『エヴゲーニイ・オネーギン』の注釈本といった仕事を見ていて(最後の一冊はそれを紹介した本の中でしか知らないが)面白く思うのは、ロシア文学というのは他の国と比べても作家が歴史意識を強く持って、自分がロシア文学の流れに立っているという意識を強く持っており、後続が先行世代をリスペクトして、上の人たちの影響を受けた上で小説を書き続けている傾向が見えるということだ(もちろんこれは結構大雑把な話で、最近の作家のことは知らないけれど。ちなみにソローキンはアンチナボコフなのか)。後藤明生ではないが、読んだから書いた、読んだから書けた、というつながりが作家間、作品間に明瞭にあって、だから「ロシア文学」という時、人は米文学とか日本文学のようなとっちらかった、収集不能なイメージと異なり、ある程度まとまったいくつかのイメージを思い描くことが出来るのではないか。それが幾分かバイアスのかかったものであるとしても。

それでベールイの『ペテルブルグ』(川端香男里訳、講談社文芸文庫、上下巻)→amazonだが、上巻の裏表紙には<ナボコフも『ユリシーズ』『変身』『失われた時を求めて』と共に、二十世紀初期を代表する傑作と絶賛した。>という紹介がある。自分がこれを買ったのは3年前の11月で、ちょうど『ロリータ』を鼻息荒くしながら読んでいた時期だった。もちろんナボコフが尊敬している小説家ということで買ったのだろうが、何でそれを知ったかは思い出せない。ナボコフ協会の大会で知ったのか、当時潜っていた早稲田大学での佐藤亜紀氏の『ロリータ』講義で知ったのだったか、あるいはナボコフの文章をぱらぱらやっている時に知ったのか。ちなみに『ロシア文学講義』(TBSブリタニカ)にはベールイについて割かれている章はないけれども、冒頭に収められたコーネルでの講演の草稿「ロシアの作家,検閲官,読者」では確かに<ジェイムズ・ジョイスの先駆者アンドレイ・ベールイ>という評言で、<革命前の二十年足らずの間>に出現した、<日没直前の一筋の日の光、熱狂的な才能の突風>としてベールイの畏友アレクサンドル・ブロークと並べて紹介している。

リチャード・パワーズの『ガラテイア2.2』の訳者である若島正は、パワーズがナボコフの影響を受けていることを指摘し、パワーズとナボコフの共通点を、「猛獣使いが獣に火の輪くぐりをさせるように、ある名詞に本来むすび付きようがない動詞をくぐらせる」というように評した(記憶で書いているけれど、新元良一とのジュンク堂でのイベントでもおっしゃっていたから、たぶん新元氏の新刊にも入っていると思う)。この関係はナボコフとベールイについても当てはまる。ナボコフがロシア文学史上の誰から多くの血を受け継いでいるかという議論は、ひょっとしたらあんまり有益なものではないかもしれないが、自分は『ペテルブルグ』を読んで、ナボコフの親父は、ゴーゴリやプーシキンであるよりも、ひょっとしてベールイなのではないかと思った。たとえば文芸文庫の『ペテルブルグ』下巻には、日清戦争をきっかけとする黄禍論の流行(一章には、<黄色いかかとが大胆不敵にも旅順の高地をのぼった。シナに騒動が起き、旅順は陥落した。>というナボコフ的な文章がある)、労働者たちの不穏な動きなど、現実世界での出来事が取り込まれ、反政府組織の計画に翻弄されるニコライ・アポローノヴィチ(政府高官の息子でありながら反体制)の不安と焦燥という本筋に、暗い彩りを添えている。『ペテルブルグ』が持つ緊張感は、このような個人的騒擾と社会的騒擾の二重奏が響き合ってできあがっている。ベールイは、この社会的騒擾の方、つまり水面下で激変していく20世紀初頭のペテルブルグを、個々の事件や政変について詳らかに紹介していくことなく、ネフスキイ大通りの群集を描写することでうまく表現している。そしてそれらの文章は大変にナボコフ的である。

< 通りの方から二人に向って数多く群がる山高帽子どもが転がり落ちるようにやって来た。彼らの方にやって来たのは、シルクハットども。駝鳥の羽が泡立ち始める。
 いたる所から鼻が飛び出して来た。
 鼻――鷲鼻に雄鶏鼻。鴨鼻に雌鳥鼻。その他いろいろ……――緑色がかった鼻もあれば、緑の鼻や赤い鼻がある。流れ来る、流れ来る――意味もなく、せわしげに、とめどなく。>

<ネフスキイ大通りには、人間などいなかった。這い回り大声でわめく百足がそこにいたのだ。湿った空間が多種多様の言葉を多種多様の声で満たした。すべての言葉はもつれ合って、ふたたび一つの文へと組み合わされるのだった。そしてのその文は無意味であり、ばかげたつくり話から編み上げられているように思われた。それはネフスキイ大通りの上に垂れこめていた。黒いつくり話の煙霧が漂っていた。>

<人像柱がその足元に見るものは、歩道の百足類の流れ。そこでは走り過ぎる足また足が、生気を失ったかさこそという音を立て、顔はどれも青ざめている。その顔からは、どこかで事件がとどろいているということは読みとれない。
……
 山高帽子の行列をじっと眺めていても、誰にも分りはすまい……。そしてペテルブルグで事件がとどろいていると言える人はひとりもあるまい。だが、あらゆる印刷工場の植字工が集まって代表を選出したのだ。工場がストライキをしていた――造船所も、アレクサンドローフスキイ工場も。
 しかしかの循環は乱されなかった――山高帽子が生気なく流れて行った。>

<馬車はまっしぐらに霧の中へと飛んで行った……。馬車の輪郭と従僕の三角帽のシルエットと外套の翼が毛むくじゃらの帽子の群のただ中へとのめりこんだ。満州帽やふさのついた帽子、硬い前びさしのついた略帽があったが、いっせいに歌を鳴りひびかせたのだ。>

ペテルブルグに充満する名状しがたい不穏でざわついた感じ。群集は、時に鼻や帽子の集まりや、一匹の巨大なムカデに見立てられ、それを効果的に演出している。群集の<顔からは、どこかで事件がとどろいているということは読みとれない>というけれど、その様子はいかにも不吉だ。群集の中にちらっと見える(ように作者が配した)<満州帽>も、見えないが確実に近づいてい来る黄色い肌を持ったアジア人の脅威を喚起している。

『ペテルブルグ』のベールイとナボコフの近さは、比喩や視点の置き方のみではない。作品におけるプーシキンの取り入れ方と、ベールイが傾倒した神秘主義についても触れよう。

『ペテルブルグ』は各章のはじまりに必ずプーシキンの詩を掲げており、作中でもプーシキンの詩は頻繁に登場する。ベールイのような「新しい小説家」であっても、先行者へのリスペクトはこれほどに強固なのか、そしてロシアの文学者にとって、プーシキンとはどれほど巨大な存在なのかと感心するが、『ペテルブルグ』後半において、プーシキンの叙事詩『青銅の騎士』は重要なカギとなる。脚注によれば『青銅の騎士』は、主人公が突然動き出した青銅の騎士像にペテルブルグ中を追い回された末、発狂するという話だが、ベールイはこれが国民的叙事詩であることを活用して、『ペテルブルグ』においても青銅の騎士も動かせ、登場人物を追っかけさせる。これは高橋源一郎が一連の明治小説ものでやっていることに近いが、この場面、息が詰まるくらい濃密な文章が続いており、プーシキンの援用と相まって、すごい相乗効果になっている。

ニコライ・アポーロノヴィチが組織によってハメられ、頼みの綱の党員ドゥートキンもうまくやり込められてしまい、二進も三進も行かなくなった時に、ピョートル大帝像はゆっくりと台座から動き出す。その姿、まるで大魔神のようだ。

< 広場はまったくがらんとしていた。
 巌の上に落ちてかつんと音を立てた――金属のひづめが。馬が鼻あらしを吹いた――灼熱せる霧に向って。青銅の騎士の姿が馬の背からすっと離れた。……
 馬は巌から飛び降りた。
 重重しく鳴り響く(本文傍点)こつこつという音が橋を渡って島の方に走って来た。「青銅の騎士」が疾駆した。金属の腕の筋肉ははりつめていた。ごろ石の道を馬のひづめが掘っていた。蒸気機関車の汽笛を思い起こさせるような馬の哄笑が鳴り響いた。……>

青銅の騎士が目標物とするドゥートキンは、不衛生なアパートの屋根裏部屋に住んでおり、いろいろあって錯乱状態に陥っている。シシナルフネなる幻の人物が話しかけてきたりと、強烈なトリップ状態なのだが、この辺りの書き方は神秘主義者ベールイの専売特許とでもいうべきものだ。そして幻覚から立ち直ったころ、階下から轟音を聞く。

< ドゥートキンは異様な音が下の方で鳴り響くのを聞いた。……石を砕く金属的な打撃音がますます上へ上へ、近くへ近くへとやって来た>

< すると激しい割れる音、ドアが蝶番から吹き飛んだ。朦朧としたものが煙となり、緑色の渦となって流れた。打ち砕かれたとびらから、踊り場のところから、今や月の空間が始まっているのだった。……戸口のしきいの中程に、硫酸銅の色の空間を透過させている壁の間で、冠を戴いた青青とした頭を垂れ、重重しい、青青とした手を延ばして立っていたのは、燐で燃える巨大なからだだった。>

それが個人の幻覚なのか、それとも周囲の人間も共有している事態なのか判別がつきにくいのが、ベールイが描く神秘的シーンの特徴だが、この生々しい質感を持った騎士像はドゥートキンと一体化し、彼に力を与える。

以後、ドゥートキンが出てくる場面で、文中に何箇所か騎士像を想起させる「銅」という文字が登場する。解説で川端氏が指摘しているが、この小説には他にも、アジア人を連想させる「黄色」と、ペテルブルグが沼の上に人工的に建設された都市であることなどを連想させる「水」や「霧」が、いたるところに顔を出している。ここまでいくと「さり気なく」とは言えないが、テキストに印や合図をこっそり忍ばせておくナボコフのやり方に、こんな所も似ている。

最後に、ベールイの神秘主義的傾向だが、ベールイはモスクワ時代からルドルフ・シュタイナーの弟子に学んだり、ミュンヘンではシュタイナー本人に学んだりと、当時の象徴主義、神秘主義に相当入れ込んでいる。思想の文章への影響は、現物に当たってもらえば一発で判る。特に幻覚や幾何学をめぐる描写にそれは顕著だ。長くなったので、一つだけ例を挙げよう。ニコライ・アポーロノヴィチの父、元老院議員アポローン・アポーロノヴィチ・アブレウーホフは幾何学へのフェティシズムを持っており、眠る前には左右対称な図形を頭に描いてリラックスするという性癖も持っている。<調和のとれた単純さ>を好む彼は、馬車で大通りを移動しながら、次のような思いにふける。

<……この政治家は、馬車の黒い立方体から出て、突然四方八方に広がって行き、馬車の上に舞い上がった。彼は今や願うのだった。馬車が前へ前へと飛んで行くことを、大通りが一つまた一つと次次に飛んで来ることを、この惑星の球面が蛇のとぐろのように黒ずんだ灰色の家家の立方体によって取り巻かれることを、大通りによってしめつけられた全大地がまっすぐな線の宇宙的な疾走のなかで直線の法則によって無限を切って行くことを、平行に走る大通りの網が他の大通りの網と交差し、切られながら広がって行き、正方形や立方体の平面で世界の深淵を覆ってしまうことを、……>

こういった世界の見方、捉え方はやはりナボコフの作品で馴染みがある。もしベールイを経由して、20世紀はじめに流行した神秘主義とナボコフが繋がっていたら。そんなことを考える。

ロシアが輩出した二人の技巧派について書きながら、徒に長いだけの文章になってしまった。9月に読んだもう一冊のロシア本、古山高麗雄の『風景のない旅』(中公文庫)→amazonのことは、次回、簡単に書こう。

投稿者 かちゃくちゃ : 00:00 | コメント (253) | トラックバック

2004年09月10日

groundcover企画で帰国した にせんねんもんだいを目撃する

□先週は愉しみにしていた八王子RIPSでの54-71勝井祐二が出演する企画に、荒天に阻まれて物理的に行けなくなるという酷い目に遭った。

大浴場をひッくり返したような豪雨の中を駅までたどり着いたと思ったら、中央線は四ツ谷まで、なんと時速15キロ以下での徐行運転中ということで、あの感覚は忘れられない。四ツ谷駅まで中央線は外堀通りに沿って走っているのだが、あれなら外堀通りを並走する自転車の方が速い。下手したら走ってる人のガ速い。窓外の景色の流れ方が異常。反対車線を走って来た電車とすれ違っても、なかなか離れねえ。ちんちん電車よりおせえんじゃねえか思い出すだに悔しさで口調が変わる。停止しているエスカレーターを人力で昇り降りした時の感じみたいに、身体感覚がくらくらした。




yaneura040910.jpg


まあそれはいいや。今日は屋根裏でgroundcoverの企画「GRHOI9」。にせんねんもんだいのアメリカ帰国後2度目のライブになる。先日ガツンとやられたおれは、じりじりして今日までやってきたんだ。

二組目の彼岸で会場に着いたが、ステージ前はぽっかりと無人空間。皆距離をあけて見ていたが、にせんねんの三人が準備を始めるとテーブルにこぼした牛乳みたくじわじわ客は前線に展開し始めた。このバンドを見るなら最前スピーカー前だろ、おれも液体になって移動した。

前に大中で売っているやつかYMOのジャケットみたいだと書いた気色悪いお面をかぶって三人が登場。長身のギターとベースがすくっと立ち、ドラムが間でがっちり叩くという構図が美しい。

1.『それで想像するねじ』1曲目
2.『それで想像するねじ』5曲目?

演奏は2曲のみ。1ではバンドの中核をなすhimeによるドラミングが早くも全開。この世でいちばん速くて美しいモグラ叩きを見ているようだ。2は序盤でhimeが、憑依したイタコみたく一心不乱にハイハットを叩きまくり、徐々にギターやドラムにダイナミズムが出てくるというカタルシスのある曲。曲に入る前にすでにドラムとベースはお面を捨てており、ギターも中盤でそれを外した。おれは果てしない轟音・乱打の渦に呑み込まれた。

曲が終わると、憑き物が落ちたようにギターのma-chanが「あ、にせんねんもんだいでした。ありがとうございました」と子兎のような声で一言言って終了。20分ちょっとくらいだったか。にせんねん、おれの中でオルタナ・トランス系ガールズバンドとして、OOIOOを超えました。つぎはUNSOUNDのイベントか、20000Vでのパニックスマイルとの対バンか。今日も手縫いの手芸品を陳列・販売している物販で、『不定期刊行にせんねんもんだい』第2号 特集HELLA TOUR白黒・ゼロ公演を買った。白黒のコピー誌で、文字は手書き。イラスト、写真、コラージュなどもある。ここにあるのはものすごい世界だ。語彙も脳も貧弱なおれにはそれを「アート」と呼ぶ以外、手立てがない。おれはたけしの「だれでもピカソ」を嗤えない。himeさんにCD-Rをもらった。

それでパニックスマイル。準備時間にどよめきが起きたと思ったら、ステージ左奥で肥満体のやっさんが服を脱ぎ捨て、上半身裸になったのだ。これがパンクバンドかビジュアル系か何かなら判る。しかし、パニックスマイルの裸。おおよそ東京で最も意味のない裸だ。究極の無意味性を表現する行為としての脱衣。ここにもアートがあった。そして本編。長い長い。ワンマンみたいだ。そして書いておかなくてはいけないことがある。パニックスマイル、今日いちばん会場を熱くしたバンドだった(最初のUMIBACHIは見ていないけどね)。まあ知り合い関係も多かったみたいだから、多少は割り引かなければいけないけれど、あれだけ熱い声援と歓声を浴びているパニックスマイルは3、4年見てきた間で、初めて見た。

でもその観客のリアクションは、とっても正直。およそ10ヶ月ぶりに見るパニックスマイルは、とんでもなくパンクかつグルーヴィーなバンドに変化していた。『10songs,10cities』あたりの曲もたくさんやっていたし、変拍子への執着とか「ニューヨークの地下の湿った匂い」とでも言うべき雰囲気(一人の楽器演奏+メンバー三人の手拍子とか、ノイズの中で各人が獣のような叫びを上げたりとか)とかが減退した訳ではないのだが、ものすごく踊れるバンドになっていた。なんなんだろう、この変化は。特に吉田さんは「Don't follow your PANICSMILE」と紹介してたんだろうか、中盤で披露した耳馴染みのないその曲は、石橋さんがそれまでのストイシズムをきれいさっぱりうっちゃったロックで踊れるドラムを叩き、それに乗っかって吉田さんがタイトルの「Don't follow your PANICSMILE」ということばを絶叫するというもので、最高にカッコいい。興奮をおさえきれないおれは、終演後ジェイソンに曲目が殴り書きされた紙をねだっていた。許可を得ていないのでちょっと後ろめたいが転記する(表記は紙にあるまんま)

1.JASRAC
2.DryFish
3.Still Lief
4.Under the Spider
5.やすしきよし
6.Yuuuuca
7.STIFF LITTLE FINGER
8.Silver & Gold
9.ズダーンダ
10.Fanatic Cricis
11.ハンドうんこ
12.社長Blues

ワケの判らない名前になっているのは新曲だろうか。いずれにしろナンバーガール解散後の2002年~2003年の、向井秀徳+菊地成孔+パニックスマイルでの1年ぽっちの活動で、かなりデカい成果を得たのは向井だけではなかったということか。

企画者のgroundcoverはパニックスマイルと同系統の、しかしもっと鋭くいろいろなものが削ぎ落とされた演奏をカマしていて、今日のライブはバンドのつながりが良いな、と思っていたら15分もしないで終わってしまった。別に怒ってやめちゃった訳ではない。まあ、生きていれば、よくあることだ。

投稿者 かちゃくちゃ : 00:00 | コメント (0) | トラックバック